ホーム > 日栄・商工ファンド対策弁護団とは?

1 深刻な商工ローン被害

 日栄・商工ファンド対策全国弁護団の結成は1998年12月です。当時金融機関の貸し渋りの中、高利の商工ローン業者が言葉巧みに融資勧誘をし、資金繰りに窮した中小零細事業者に年利30パーセント台後半での高利で保証人を徴求して積極的に貸付けを行っていました。「利息は主債務者から、元金は保証人から」との言葉が生まれるほど保証人を巻き込んだ被害が発生しました。私の依頼者でも商工ローン大手の商工ファンドへの支払手形が不渡りとなったその翌日、首をつった中小業者がいました。遺書には「生命保険で保証人に迷惑をかけないよう整理をして下さい。債務整理は新里弁護士に頼んで下さい。」と書かれていました。この方は6ヶ月ほど前にシステム金融に引っかかりその処理をしてあげたことがありましたが、その時点で事業の継続や中止を含めてどうするのかも相談に乗ってあげていれば、「このような結末にはならないものを…」と、私自身がやりきれない思いに駆られました。

 中小事業者は保証人に迷惑をかけまいと最後の最後まで資金繰りに努力し、不渡りを出すと自責の念で自殺をするケースも多くでてきました。私たち弁護団は商工ローン問題は人の「生き死に」の問題であるとの認識のもと、弁護団を立ち上げたのでした。

2 「日栄・商工ファンド」対策全国弁護団の由縁

 弁護士が弁護団を作る上で例えば「豊田商事対策弁護団」など詐欺的な会社の名前を付した弁護団はあったのですが、弁護団の名称に「日栄」、「商工ファンド」と一部上場企業で商工ローン業界大手2社の名前を付することに抵抗もありました。「詐欺会社と一緒でいいのか」と、しかし我々は一部上場企業であっても許されることと許されないことがあり、この2社は組織的に中小零細事業者を食い物にしているとの認識の下「日栄」「商工ファンド」との名前を付した弁護団とすることにしました。

 日栄での問題は、言葉巧みな融資勧誘、「キャンペーン融資」と称する押しつけ融資や高金利で手形を担保に貸付けをし、不渡りが出た場合の暴力的な取り立てなどでした。一部上場企業としては驚くべき実態がありました。また、弁護士を悩ませたのは現場対応でした。不渡りが出て取り立て部隊の「日栄管理部」が動き弁護士が介入しても「弁護士事務所に押し掛けた。」「電話で大げんかになった。」等、今のヤミ金融同様の対応をしなければならないなど、これが登録業者かと思われる事態が頻発しました。

3 「目ん玉売れ」事件

 また1999年9月に発覚した、「目ん玉売れ事件」は日栄の体質を表す事件でした。
日栄の中で営業社員から管理部に回され、当時日栄の子会社である日本信用保証に在籍していた新井という社員が、主債務者が手形不渡りを出し、その保証人に対して、「腎臓売れ、肝臓売れ、目ん玉売って支払え」との脅迫の電話をかけたものです。このテープが報道され、当弁護団の主要メンバーである宇都宮健児弁護士(東京弁護士会所属)が恐喝未遂で刑事告訴し、日栄に対する家宅捜索、元社員の逮捕にいたり商工ローン被害は大きな社会問題となりました。

 実はその元社員は父親を早くに亡くし、昼は働きながら、ある私立大学の2部(夜間部)に通い、社会のために貢献したいとして、「中小事業者の支援」との日栄の社是に感銘し入社したのだとのことでした。しかし、入社後営業成績が上がらず、管理部に回され、債権管理という名の「取り立て屋」をやらされていました。元社員の確定記録の中で同被告の給料明細を見ましたが3ヶ月ぐらいが50万円程度で後はずっと下がり、そしてやめていったのを記憶しています。彼は2~3ヶ月はあのような取り立てをして疲れ果てやめていったのだと思いました。彼は管理ノルマを達成するため違法な取り立てまでやらざるを得ませんでした。私は彼も日栄商法の被害者なのだと感じました。

日栄・商工ファンド対策全国弁護団

副団長 新里宏二弁護士